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2012 TJAR

2012年9月 7日 (金)

TJAR完走記その7

 今回、完走記を書いたのは、一生の思い出を書き留めておこうなんてものではない。次回TJARに出ようと思っている人の参考になればいいなと思っての事。だから、楽しかったとか、つらかったとか、心情の描写は原則避けて、今後取り組む人にとって意味のありそうな情報を書いたつもり。例えばTwitterには「塩見小屋なう。遅れ気味。」と弱気発言していても、事後に確認した実データが悪くなければ、ここでは「ペースは落ちてない」と書いている。また、取り組みについてもありのまま書いた。私のレース結果は書いた通りのものだし、取り組みもULの一般的なアプローチと思うので、新しい発見が!と言うほどのモノはないだろう。なので、参考になったというだけでなく、自分ならもっとこうするのにとか広い意味でどなたかの参考になれば。

以下は行動指針とか。

§レースコンセプト

 「がんばらない」と「快適」。過去のレース情報を見ると、寝ずに歩いて、走って、幻覚と闘いながらボロボロになってゴールするというログが多いし、タイムデータからも見てとれる。ここに疑問が。

 命題「寝ないで行動を続ける方が速いのか?」

ちゃんと寝た方が速いんじゃないの?を実証しようと試みた。これが行動原理。具体的には、

 1.原則日没までに行動終了
 2.朝は4:00行動開始

であった。これで、しっかり寝ようと。このため、質の高い睡眠が可能な快適スリーピングシステムと行動の質を高めるための超軽量化を進めた。超軽量化については装備だけでなく、自体重の減量も行った(5~7月で8kgの減量/62.5kg→54.5kg)関係ないけど、痩せる余地のあるU.L.ハイカーには私自身疑問があるから念のためね。

 それと、コンセプトとは別にマイルールとしてもう一点

 3.原則、正規のテン場以外で幕営しない

 ファストビバークになる可能性があるのを認識しながら、次のテン場を目指すというのは避ける。正直、ファストビバークなしには成立しないんじゃないかと事前には思っていて、エントリもためらっていたのだけれど、主催者は個々であり、自分はなんとかできそうだと言う事で、なら良いだろうとした経緯がある。※ファストビバークになる可能性っていうのはどんな行動にもあるのであって、リスクの程度の話です。ファストビバークをせざる得なくなった選手を責めているわけではありません。念のため。

§結果
 
 睡眠は、
 
 1日目 19:30~3:00 7時間半
 2日目 23:30~4:15 4時間45分 
 3日目 19:30~3:30 8時間   
 4日目 23:30~4:00 4時間半  
 5日目 19:30~3:00 7時間半  
 6日目 21:30~3:45 6時間15分 
 7日目 不明 2時間        

 で、40時間(過小申告気味)ほど。少なくなってしまった日もあるけど、全選手中最長でしょう。寒くて深夜起きてしまったということもなかった。素早い行動については登山道区間については最初から最後までほとんどペースは変わらなかった。ロード区間は日にちがたてば経つほどペースが落ちたけど。

 で、命題の「寝ないで行動した方が速いのか?」はどうなのか?結局、毎日じりじり順位を落としていった。剱7着がゴールは17着。行動速度は落ちていないにも関わらずで。コレ、うさぎ作戦より「カメ作戦の方がやっぱり速い」を示したと自分では結論付けたい。「寝た方が速いんじゃないの」という仮説は誤りだった。程度の問題もあるでしょって言う意見もあるかもだけれど、覇者である望月選手は今回トータルで9時間、また、過去2度制している田中選手は寝ないで行動する代表格みたいな人であって、中位の選手より、さらに少ないと言うこともある。幾人かの選手ログで「最初は寝ないで進むのがきつかったけれど、日にちが進むにつれ、極度の眠気が来た時、道路わきに座って5分でも目を閉じて休むとまた動けるようになる。これをマスターした。」的な記述を見かけた。このあたり重要なのかなと。そんなところ。

★おわりに
 ともあれ、運営のみなさん、山小屋の方々、道中出合った登山者の方々、みなさまあっての選手であると痛感しました。ありがとうございました。

2012年9月 1日 (土)

TJAR完走記その6

§畑薙第一ダムからゴール

 ここからは楽しみにしていた最後のロード。まずは3キロほど先の白樺荘。ここで尽きた食糧の購入と風呂。一日ぶりに松浦選手に会う。風呂では、頭をどうしても洗いたくで、トレードマークの髪を切った。すっきり。風呂から出て、頼んでおいたラーメンとソフトクリームを食べて、松浦選手、東山選手と結構のんびりすごした。白樺荘を出た後は3人で歩く。井川駅まではおしゃべりしながらだったからかすんなり着くも、ここから峠までが長かった。雨が降りしきっていたから休む事も出来ず、目指していた遊歩道のあずまやに着いたのは明け方近く。ここで2時間くらい仮眠した後、遊歩道を一気に下り口坂本へ。口坂本にすんなり着いて、残り43キロほど。右足の痛みも取れている。脚は残してあり、キロ6強で走って、13時過ぎにはゴールできるつもりだった。が、快調だったのはここから20キロほど。玉機橋手前まで。唐突に走れなくなった。原因ははっきりしないけれど、多分インスリンショック。本コース合流の少し前にちょっとしたお店があって、ここで「かきの種」の大袋を買って店前でポカリ飲みつつ食べた。これが170kcalの個袋*8で1360kcal。これでゴールまでもつはずだった。けれど、本コースに合流後少し行ったところにこれまた小さな店があり、ここでパンを2個と牛乳を食べてしまった。かきの種は糖質の塊で、これを一気に食べたなら結構血糖値は上がったはず。そこから30分もしないうちにさらにベタ甘いパンを800kcalも食べた訳で、インスリンショックが起きて、逆に低血糖となり走れなくなったのだろう。すぐに眠くなり、玉機橋を渡ったあと草むらで寝た。

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 ★食糧について

 食糧については、山小屋その他で十分供給可能。行動食として雪塩黒糖FD納豆を持参した。

 一般にトレランの行動食というとジェル系(デキストリンあるいは果糖)になると思う。これのメリットは流動食だから素早く摂取できる事。ほぼ100%糖類でありながら、比較的低GIであり、血糖値の上昇が少ないことだろう。(エネルギー当たりの重さが軽いと思われがちだけれど、水分率が高いので実は軽くはない。)これはこれで正しいのだけれど最近はこれだけではだめだと思うようになった。確かに半日以内程度の運動量であれば、この理屈で良い。けれど、ウルトラマラソンや50km以上のトレランのような超時間運動ではジェルだけではうまくいかない。後半ジェルを受け付けなくなってきて、パフォーマンスも落ちる。100km位のレースならそれでもごまかせるし、ずっと仕方ない事だとも考えてきた。けれど、今回TJARに向けて、毎週ロングみたいな練習をさんざんやっていく中で、後半に高GIの食べ物を摂るようにしてみたら、70kmで脚が動かなくなりはじめるという事がなくなってきた。そこから、スーパーロングであると、血糖値が下がり過ぎるのがパフォーマンス低下の要因になってるんじゃないかと。そんな事で、

 1.高GI
 2.電解質が入っている(別途サプリを持たなくて良い))
 3.水分量が少ない(軽い)
 4.小包

のこれを持ってゆく事にした。前半用として480g持ち、常に15粒くらいをウエストバックに入れ、水を飲みながらぽつりぽつりと走りながら食べて行くこととした。ただ、食べやすいので、早月尾根までに食べ過ぎたかもしれない。早月尾根の眠気は食べ過ぎが原因だったのかもとも思っている。納豆は塩辛いものであることと山ではたんぱく質が摂りにくいということでおやつとして持って行っただけ。

※ここに書いている取り組みは、いつでも、誰にでも、有効、適切とは限りません。当時の予想気象状況、当事者の体力、行動計画、他の取り組みとの相関によって初めて成り立つものです。例えば、夜間行動なしで上高地の関門に間に合う計画が組める、いつでもエスケープする覚悟がある、ダウンを濡らさない工夫と頼り切らないでもいけるなどなど。また、書いてあることの何か一つだけ実行するというのも危険な場合があります。念のため。

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 この後、ゴールまでの20キロがきつかった。時計ははっきり見てないけど、7-8時間掛ったはず。途中、望月選手(すでに勤務再開とか凄すぎる)に応援された時だけ少し走ってみたけど、それも続かず歩きどおし。すでにゴールした宮下選手、飴本選手、北野選手あるいはアラジンな方々、他にもたくさんの方に応援されるも情けない限りだった。それでもなんかと静岡駅近くまでやって来て、もう少しとか思っていたところ、おばちゃんがお二人応援してくれた。

「駅まであと10分よ!」

けれど、実際駅に着いたのは30分後だった。17時半。

『時速2キロに落ちてる。すると、ゴールは順調にいって19時半。下手すると20時かも。ゴールはいいけど、そこから足がなかったら、2時間以上かけて駅まで戻らなきゃいけない。明日から会社なのに、帰れないんじゃないか…』

もう、ここまで来れば自分的は成し遂げたも同然。そもそも昼間の海にゴールしたかったのに、今からじゃ暗闇で嬉しくもなかろう。これはリタイヤでいんじゃないかと思い、本部に電話。気になったのは私のゴールを待ってくれてる人もいるんじゃないかと。それならゴールしなきゃと思っていた。岩瀬さんになんとか繋がってリタイヤしたいと言うと

「ゴールすればなんとでもしてやるから這ってでも来い!」

的な頼もしいお言葉。行く事にした。(というか本当はこう言って欲しかったのかもなあ。)尚、この時はNHKのカメラもばっちり向けられてたのだけれど、場所が静岡駅の構内。無関係な人が何事かと遠巻きにたくさん見ていて、超恥ずかしかった。

 再出発後はやはり2時間掛って大浜公園に。変な方向からやってきて、待っててくれた人達に肩透かしを喰らわしたけど、7日と19時間33分でゴールイン。ありがとうございました。

 ゴール後はとにかく帰らなきゃということで、挨拶もそこそこで、アラジントレラン部の方に駅まで送っていただきました。こちらもありがとうございました。駅では小野選手に会って次回は?みたいな話をしつつ長旅を終えた。

★ダラダラ申し訳ないけどあと1回だけ続きます。

TJAR完走記その5

§市ノ瀬から百閒洞

 まずは柏木の登山口まで九十九折れの舗装路を進む。7時半前に登山口に到着。この後も選考会では走れたけどやはり走れず。スペシャルカレーがあるという噂を聞いていた仙丈小屋を目指す。仙丈小屋へは12時過ぎに到着。カレーは肉がすごかった。おいしゅうございました。仙丈ケ岳頂上には12時50分着。食事休憩を除くと、やはり50%*CT程度。この日もペースは落ちてない。この後快調に進むが、横川岳で痛恨のミス。休憩後、来た道を戻ってしまった。独標近くまで戻ってしまい25分くらいのロス。ガックリきたけど、三峰岳(みぶだけ)から塩見手前までは大好きな走れる雲上トレイルコース。気をおりなおして進む。18時半熊ノ平着。小屋に着くと飯島選手、松浦選手が居て出るところだった。当然の如くテン泊受付。18時過ぎてたけど、小屋番さんの方から「カレー食べる?」と訊いてこられたので、外に居る飯島選手(実行委員長でもある)に出してもらってもいいか聞いたら当然の如くNG。お菓子や缶詰を買い込んだ<span style="color:red">[18時以降の購入はルール違反]</span>。飯島さん小屋を出た後私が結局食べたんじゃないかと疑っていたとの事。大丈夫です。まじめに生きてます。ツエルト設営後、この後TDGに出ると言う、よねっちさんとお話したりして19:30には寝た。

 17日。3時過ぎに起きて、4時前にはスタートした。試走時にはつらかった塩見も朝だとなんてこともなく、塩見小屋でカップめん2個を食べ、お菓子を買い込みつつ、9時34分に三伏小屋着。この日もペースは落ちてなかったみたい。あんきもさんにチェックをうけ、村越先生にUTMFのその後なんかをインタビューした後、スタート。小河内に向かい気持ち良くスタートしたのだけれど、はじめて脚にトラブル発生。左足が鵞足炎ぽい感じで痛い。本来ここから高山裏避難小屋あたりまでは気持ち良く走れる所なのに走れなくなる。残念。ゆっくり進み高山裏避難小屋着。さらに、この後の水場を当てにしてたのに、枯れてるとの掲示。また残念。小屋はスルーして進む。前岳の登りにさしかかる前あたりから小雨と雷。けど、たいした事にもならず、なんなく前岳通過。荒川小屋へ。

 荒川小屋でカレーを頼み、食糧も購入。食堂で食べていいよということで席に着いた。途端、唐突に土砂降り。外で降られなかったのはラッキーだけれど、どうすんのコレって感じ。雷もゴロンゴロン鳴ってる。ひとまず食事して、コーヒーなんか飲んだりして見たものの、もうやることがない!玄関に移動して雨具を着たり、買った食糧詰め込んだり。丁度NHKのスタッフも前岳の撮影を終えた所で玄関に。さすがにここは撮られる。ゆるゆる準備を続けるワタクシ。次第に宿泊客も玄関に集まって様子を伺いだした。場の空気がすごい。

場の空気「行っちゃうの?」
場の空気「やっぱ、行っちゃうわけ?」

空気に耐えかねて出発する決意をする。一応みなさんに

私「カミナリ…大丈夫ですよねぇ…?」
みなさま一斉に「いやー…」

引き戸を開け、出ようとすると

みなさま「がんばれー」
みなさま「21番なら大ジョブ!」

いや、ぜんぜん根拠ないです…けど行った。

 行ったはいいけど、雷も雨も続いてる。大聖寺平に出る。ハイマツ帯。どう考えても、このカミナリの中3000mのピークにつき進むのは蛮勇だろう。ビビィに入って少し停滞。カミナリの様子を伺う。光と音は15秒以上ずれてるので、距離は5km以上離れてる。近づきも遠ざかりもしない感じ。けど、うーんて言う感じ。出発のきっかけは、距離と併せ落ちる間隔も拡がりだした事。落ちる間隔が数分以上に拡がったので、まあ大丈夫でしょうってことで出る事にした。無事赤石岳到着。赤石避難小屋に着くと松浦選手が居た。ほっとした。18時を廻っていたので食事はNGだけどオールレーズンもらったりして<span style="color:red">[ルール違反]</span>、大変良くしていただいた。チョイ休んで松浦選手と共に出発。20:30百閒洞。ちっとだけだけど、これがレース中唯一の登山道での夜間行動となった。そして寝た。

§百閒洞から畑薙第一ダム

 18日。4時前まで寝て、4時15分出発。左足は気にならなくなってた。食事休憩しつつ割と好きな兎を登る。下手な写真もバチバチ撮る。聖に取り付きこれがラスボスと思いながら登ってるとポールが折れてしまった。

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 ★ポールについて

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 ポールは結構重い装備。自分は普段使わないので、これに何百gも掛けるのはもったいないので自作とした。
 メインの材料はハンズ渋谷店(新宿、池袋、銀座では扱いなし)で売っていたウェットカーボンパイプφ10*1000mm。大まかな作り方は、カーボンパイプを金鋸で500mm*2とし、一本にはフライロッド用のコルクグリップを。もう一本には石突きのカバーゴムをつけ、連結するって感じ。基本エポキシでペタペタ接着して行くだけなので、誰でも半日で作れると思う。

 以下、私の作成手順
 1.パイプを1/2に切る。切り口はそんなにきれいでなくて良いので、セロテープであたりをつけて安物の金鋸でいい加減に切れば良い。

 2.写真の引きバネ(φ10mm、線径0.8mm、長さ38.9mmハンズ渋谷で購入)の端をニッパーで切断し、出来上がった500mmパイプに端に巻きつける。1本は両端(石突き側)、1本は片方だけ(グリップ側)。これは強度アップのため。

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 3.巻きつけたら、バネの切り口が外れないように、また触れて怪我をしない様に「はんだ」を被せた。なくてもいいかも。

 4.その後、石突き側パイプには石突きのカバーゴムをエポキシで接着する。

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 5.グリップ側には内径φ10mmのビニールチューブを400mm地点あたり付け、その後コルクグリップを通す。チューブはコルクグリップがそれ以上深くズレないようにするためで、接着してしまうなら、ビニールチューブは不要。コルクグリップを固定する前に2mm*500mmくらいのダイニーマロープにφ5mm*200mm程度のゴムチューブを通し、写真のような形でストラップを作る。

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 6.φ8mmのカーボンパイプを同じように切り、70mmパーツを作る。

 7.写真のキャップパーツ(ハンズ池袋で袋売りしてた)の尾翼っぽい所をカッターで切り取り、キャップ部センターに錐(もちろんドリルでも良い)でφ2mm程度の穴をあける。

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 8.2mmのダイニーマロープを1m程度用意して、先ほどのキャップパーツに開けた穴に通し、末端を固結びして抜けないようにする。

 9.70mmパーツにエポキシを使い差し込み接着する。十分接着できたら、70mmパイプの径にピッタリ合うようはみ出した部分をサンドペーパー(240番くらい)で削る。図のような断面のパーツが出来る。

Parts

 10.9で出来たパーツを石突き側パイプのカバーがついていない方に2cmほど差し込む形でエポキシ接着する。

 11.これで石突き側パイプとグリップ側パイプがジョイントできるので、石突き側パイプから伸びてるダイニーマロープをグリップ側に通し、ジョイントする。ジョイントしたら、出ているダイニーマロープにコードロッカーを通し、結び目つくる。これで完成。1本70g。

 ●結果、写真の様にジョイントパイプ部が折れた。(一本は同じように折れた上途中で紛失)本体はバネパーツが効いて結構な強度がある。そのためジョイントパイプに負荷がが掛ってしまった形かなと。なのでφ8mm*70mmのジョイントパイプをアルミかステンレスパイプに変えれば、少し重くなるけれど、1段強度が上げられる。感触としては、それでTJAR期間中程度は持つ強度がでるんじゃないかと思う。まあ、良くも悪くも参考まで。

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※ここに書いている取り組みは、いつでも、誰にでも、有効、適切とは限りません。当時の予想気象状況、当事者の体力、行動計画、他の取り組みとの相関によって初めて成り立つものです。例えば、夜間行動なしで上高地の関門に間に合う計画が組める、いつでもエスケープする覚悟がある、ダウンを濡らさない工夫と頼り切らないでもいけるなどなど。また、書いてあることの何か一つだけ実行するというのも危険な場合があります。念のため。

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折らずに持ち帰って記念としてとって置きたかったので残念。もうツエルト張ることもないしって事で少し扱いが雑になってたかもしれない。それはともあれ、7時32分聖着。結局最後まで行動スピードは変わらなかった。とりあえず完走を確信して、畑薙を目指す。ところが聖からの下りで今度は右足が鵞足炎ぽい感じ。どうやらシングルストックが原因らしい。昨日左足が痛くなってから持ち手を変えていた。ポールは折れていたので、ならそのうち治るだろうと期待して、痛い足でペースが上がらないなりに下る。結果、試走時は同じ工程で12時に畑薙大吊橋に着いたのだけれど、15時半くらいになってしまった。畑薙第一ダムCP到着は16時9分。(ちなみに試走時は15時40分には井川駅に到着してた。)娯楽のないCPで長期間選手を待ってくれていたスタッフの方たちには申し訳なかった。

TJAR完走記その4

§上高地から旧木曽駒スキー場

 14日。ひとまず3時に眼を覚ますも土砂降り。何人かはもう出てる様だけど、とても起きる気にならず、ふて二度寝。4時過ぎに再度目を覚ます。おしっこ漏れそうなので仕方なくビビィから這い出す。うだうだしてると、もう5時前で松浦選手が行くという。「5時過ぎればその辺の店開くよ。」と伝えると少しして店が開きだした。覚悟を決めて私も支度し、パンなんか買って松浦選手と一緒に出かけた。5時半くらい?

 雨はひどく、いっくらなんでも走れる感じじゃない。本来挽回できるはずのロードが台無しで、どうでもいいような感じで投げやりに歩く。沢渡に着くと、まだ8時半くらいなのにバス停脇の食堂が営業してる。お腹は空いてなかったけど、この後店がないので食べて行くことにした。ソースカツ丼。奈川渡ダムに着く頃には雨も上がっていて、ダム脇の軽食店?(ここでも食べ物は買える)のベンチで休憩。ここからは走る事にした。この区間(上高地~薮原)は試走時、食べるものを確保するのが不可能と感じていたのだけれど、この後も山菜館や境峠手前のそば屋とか、いろいろあって逆に食べ過ぎた。薮原を3時頃に通過し、宮ノ越の焼き肉屋で今度は焼き肉を食べる。おいしゅうございました。さらには原野のサークルKで食糧とともに焼き鳥とビールを買う。焼き鳥を手に提げスキー場を目指す。途中看板が間違っててコースに自信をなくして途方に暮れてたところ、応援の方がいいタイミングで現れ、合ってると教えてくれた。水場のあるところでツエルトを張り、天気もいいから外で焼き鳥ビールした。これまたおいしゅうございました。19時半くらいにはツエルトに入った。おやすみなさい。

§旧木曽駒スキー場から市ノ瀬

 15日。4時10分出発。4時20分に木曽駒登山口AB分岐着。試走では走れた渡渉点までも走れない。木曽駒山頂には7時39分着。それでも50%*CTはいけてるみたい。山頂には駒井カメラマンが居て、超寒そうだったので、体を暖めていただけるよう…逃げた。すると駒井カメラマンが「この期に及んで逃げなくてもいいでしょ!」と叫んで追いかけてきた。怖かったので、さらにスピードを上げてみた。そしたらものすごいスピードで前に回り込まれて撮影されてしまった。やはりタダ者ではありません。お陰様でした。宝剣山荘でカップラーメン2ケ。このあとは宝剣を抜けるまで、ものすごく寒くてわずかにリタイヤを意識した。以降はスピードもあがらず淡々と空木岳まで。ここからの下りがHOKAでは滑りまくりで、さらにスピード低下。それでも転びまくりで、ウェアも穴だらけ。トレントフライヤーも穴だらけになったのが悲しかった。バーサに至っては穴どころか裂けた。そんなこんなで菅の台には17時前着。想定より1時間以上遅くなってしまい、楽しみにしていた駒ヶ根もさほど滞留出来ない事になった。とはいえ、マックでビックマック食べて、すき屋で牛丼大盛りとうなぎ。さらにセブンイレブンで食糧を買い込み、市ノ瀬に向けて発進。このロードも中沢峠の登りは走れず、選考会にくらべ大幅に遅くなった。下りでは田中カメラマン、山高アシが最後のご奉仕で頑張っておられた。お疲れ様でした。市ノ瀬到着。

 市ノ瀬は入野谷さんの地下に場所を確保していただいていて、素晴らしい環境。このまま住みたいくらいだった。デポ品を受け取り、ひとまず寝る。23時過ぎてたと思う。

 起きたのは16日の4時くらい。聞き覚えのある声は森本さん。彼とは今回一緒に行動するのを楽しみにしていたのに、よんどころない事情でDNF。非常に残念に思っていたので、嬉しかった。デポにはダウンまで含めてスタートとまったく同じ着替えを用意していた。

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 ★ウェアについて

 トップス:アンダーアーマー/メタルHGコンプレッション
      http://www.domeshoppingzone.com/underarmour/ItemDetail?cmId=55880

 ボトム:カッパ/ライトパンツ(クオーター)
      https://runnet.jp/shop/itemPageAction.do?itemCode=30621&shopId=000000

 ソックス:Xソックス/ランエナジャイザー
      https://runnet.jp/shop/itemPageAction.do?itemCode=22492&shopId=000000

 アームカバー:CW-X/アームカバー
      http://store.wacoal.jp/disp/CSfLastGoodsPage_001.jsp?GOODS_CD=HUO608&COLOR_ID=LG

 こちらも軽量化にこだわった。ウェアそのものは着てしまえば重さも分散されるので気にならないのだけれど、レギュレーションに照らすと快適だけでは選べない。

 # 20 服装・・・手首・足首までおおう事ができる服装が準備されていること

  Q3.①カッパ(上下)②手首・足首を覆う事ができる服装③防寒具/上(ロングスリーブシャツ等)は
  兼用としてはいけないですか?

  A3.共有不可です。それぞれ独立したものを持参してください。
  基本的な使途は、以下のとおりです。
  ①カッパ(上下)・・・風雨や寒さを防ぎます。
  ②手首・足首を覆う服装・・・行動中の防寒&日焼け防止および怪我防止対策用に使用します。
  ③防寒具/上(ロングスリーブシャツ等)・・・ビバーク時や緊急時のみに使用します。ビニール袋等に入れて、常に乾いた状態で持ち歩くことを原則としてください。

 普通に晴天時の快適さで選ぶと、ノースリーブに短パンということになったりする。けれど、そうしてしまうと「手首、足首まで覆う服装を準備」を満たすため、別途ロングタイツとロングスリーブあるいは半そでとアームカバーといった装備を背負う必要が出てきてしまう。これを回避するため、デフォのウェアで「手首、足首まで覆う服装」とした。そして、そのウェアはアームカバーを下ろし、ソックスも下ろし、ショーツの裾を捲れば身軽な涼しい格好となるように設計した。ショーツはウルトラライトで100gもないものを採用した。

1
聖にて。ショーツの裾を少しまくり、アームカバーは下ろす。

※ここに書いている取り組みは、いつでも、誰にでも、有効、適切とは限りません。当時の予想気象状況、当事者の体力、行動計画、他の取り組みとの相関によって初めて成り立つものです。例えば、夜間行動なしで上高地の関門に間に合う計画が組める、いつでもエスケープする覚悟がある、ダウンを濡らさない工夫と頼り切らないでもいけるなどなど。また、書いてあることの何か一つだけ実行するというのも危険な場合があります。念のため。

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けれどダウンも濡れてないし、着ているウェアも変える必要を感じなかった(すぐ汚れて洗濯物が増えるだけ)ので、ソックスと下着だけ交換し(プラス1足最終日用に持つ)、その他はそのままにすることにした。居心地がいい中ダラダラ準備してたのだけれど、準備が整ってしまったので、仕方なく7時丁度に出発した。

あー今回はカッコだらけのちゃらけた文章になっちゃったな…

 

TJAR完走記その3

§剱からスゴ乗越小屋

 最高の天気に最低の眠気。剱からの下りはたいした渋滞もなく、なんなら渋滞してた方が休めたのにとか思いつつもボケっと進む。剣山荘でお決まりのカレー。何人かの選手と一緒になり再スタート。剱御前組と剣沢組に分かれた。奥野選手と私が剣沢組。さらに奥野選手は別山直登、私は剱御前へ。当たり前っぽく私が一番遅く、剣山荘から剱御前へ向かうのが速いようだった。この後は眠気MAXで、もうレースとかどうでも良くなってた。

「ネムイ…」。

別山を巻いた後、立山への登りで我慢できず登山道脇で生き倒れっぽく寝た。時計も見ずに寝たので、起きた時、どのくらい寝たのかさっぱり分からなくなっていて、本格的にタイムに興味がなくなった。お陰で1の越への下りはイライラすることもなく(してたけど)キュートなフォーリンガールの後を楽しく進んだ。1の越の後は、もうほとんど記憶がなく、楽しみにしていた五色周辺の絶景は台無し。18:30にスゴノッコシ小屋に到着。まだ明るいけどツエルト受付。選手としては一番乗り。「今日は馬場島から。明日は上高地まで」って告げたら苦笑いされた。缶詰だのお菓子だのたらふく買って[18時以降の購入はルール違反]、ほぼ満員のテン場の変な位置にツエルト張って、近場のサイトの方々に超人自慢して寝た。寒い所は全くなく、朝まで良く眠れた。

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 ★スリーピングシステムについて
 レギュレーションではシュラフカバーやエマージェンシーシートのみでも良いという事になっているけれど、それで夜明かしできるほどアルプスは優しくない。マットは必須だし、シュラフも多くの選手が持って行くでしょう。(※トップ選手は寝ないから持たないか?望月選手は5日間のトータル睡眠が9時間とか)しかし、シュラフを持つとなるとISUKA130Xでも300g。これはダウンなので、シュラフカバーも必要になり500gになってしまう。化繊シュラフだと単体で500g以上になるだろう。まともな軽量化であればここまで。それに対し、もう一段の軽量化を図るためコンバーチブル化を進めた。レギュレーションで必須の防寒具。前回の台風の事なんかも考えてまじめに選ぶと、例えばメリノのロンTとタイツで(e.g.http://webshop.montbell.jp/goods/list.php?category=752000)400g以上になってしまう。これをダウンにしてシュラフと兼用することにした。

 マーモット/900プレミアムダウンジャケット[実測204g]

 ウエスタンマウンテニアリング/フラッシュパンツ[実測172g]

これらを着て、Solエマージェンシービビィ改[実測110g]に入る。これで暖かさはISUKA150X以上としながら、みなし重量は110gで済ませる。

 マットについては一番快適で安全かつ軽いなのはリッジレストと思うけれど、嵩張るので現実的なのがZライト。しかしこれはアメリカ人向けなので、日本人としてはキャプテンスタッグのEVAフォームマットで十分。さらにレース用として、これを35cm*140cmにカット。[実測104g]。1週間ノントラブルでした。尚、マットについてはザックのフレームも兼用している。

 これに枕としてプラティバス2を利用[実測35g]。

※ここに書いている取り組みは、いつでも、誰にでも、有効、適切とは限りません。当時の予想気象状況、当事者の体力、行動計画、他の取り組みとの相関によって初めて成り立つものです。例えば、夜間行動なしで上高地の関門に間に合う計画が組める、いつでもエスケープする覚悟がある、ダウンを濡らさない工夫と頼り切らないでもいけるなどなど。また、書いてあることの何か一つだけ実行するというのも危険な場合があります。念のため。

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§スゴ乗越小屋から上高地

 8時間寝。日が変わって13日。3時過ぎ起床。4時過ぎにスゴをスタート。みんなもう出てるっぽい…薬師手前で宮崎選手、平井選手をパス。すんごく快調。薬師岳山荘で多くの選手と会う。牛丼を食す。早月小屋よりさらにおいしかった。太郎平小屋で関係者?に第3グループの先頭と告げられる。元気。黒部五郎以降風がどんどん厳しくなる。森林限界以上での行動経験が少なかった選手には厳しかった模様。西鎌が特につらかったみたい。なんとか6時前に槍に到着。ご飯ものが食べたかったけれど、残念ながらなく、カップラーメンとおでん。登山客と歓談して、たくさん食べ物も買い出発。明るいうちに上高地に着きたかったけれど無理が判明。槍沢ロッジで休憩して出かける頃には空が怪しくなり、快進撃もここまで。モチベーションも大きくダウンし、歩き出す。横尾からは松浦選手、梅沢選手と3人になり、歩いて上高地を目指す。雨が本降りで、傘が役立つも、足元は水たまりでびしょびしょ。22:26バスターミナル着。大雨が気分を滅入らせながら就寝。

TJAR完走記その2

§スタートから馬場島まで

 スタートしてもゆるゆる。レースはどうしようか決めあぐねていたのだけれど、頑張っても勝てる訳でもないし、初出場で目標になるタイムもない。先の事は分からないけれど、ひとまずの見せ場は最初のロードだなという事で、馬場島までは前を行くと決めていた。このロード区間は去年2回走ってる。1回目は標準コースを地図を片手に走って馬場島まで3時間19分。2度目は自分なりに短縮コースを走って3時間11分。もちろん深夜スタートで、剱にも登っている。なので、レースとなれば何となく走っても2時間台は出るだろうと思っていた。コース取りは向かって川の左岸。しばらく行くと脇に一人選手が並んできた。これが望月選手。という事はこれがいわゆる「間瀬ライン」かと思い訊いてみる。

 私「これが間瀬ライン?」
 望月「そうですよ。知らなかったんですか?」
 私「うん。私のはGWにGPS片手に自分で考えたコースだから」
 望月「へー、えらいですねー」

みたいな会話をしつつ、しばし並走。ところが高速の少し手前で間瀬ラインと世之介ラインには違いがある事が判明。間瀬ラインに興味があったので、ひとまず一緒に行くことにした。

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 ★早月第二発電所までのコースどり
 
 標準コース
 http://yahoo.jp/Lv54MQ

 間瀬ライン
 http://yahoo.jp/Ldp8s_

 世之介ライン
 http://yahoo.jp/VqRvxL

 間瀬ライン、世之介ラインは標準コースに比べて500m以上短い。
 間瀬ラインの特徴は、北陸自動車道付近をあえて遠回りして足元の良いアスファルト道を選んでいる事。世之介ラインは最短距離を選んでいて北陸自動車道を越えた後、途中400mほど足場の悪い所を走る。飴本さんいわくやはり間瀬ラインの方が速いらしい。

※ここに書いている取り組みは、いつでも、誰にでも、有効、適切とは限りません。当時の予想気象状況、当事者の体力、行動計画、他の取り組みとの相関によって初めて成り立つものです。例えば、夜間行動なしで上高地の関門に間に合う計画が組める、いつでもエスケープする覚悟がある、ダウンを濡らさない工夫と頼り切らないでもいけるなどなど。また、書いてあることの何か一つだけ実行するというのも危険な場合があります。念のため。

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途中まで間瀬ラインで行って、間瀬ラインが大体掴めたので、また世之介ラインに戻した。その後ミスもあったりして飴本選手にも先行され、ルート合流。望月選手はもう見えない。前には5人くらい。マイペースで進む。望月選手について行った選手がバテバテでどんどんパス。ほどなく飴本選手、飯島選手もパスし、前は望月選手のみとなったが、さすがに追いつかないし、追いつく気もないのでこの後は馬場島まで前にも後ろにも人の気配を感じないまま何となく走る事になった。

 馬場島の炊事場に着いたのが2時55分。2着。トイレに行き、水を補給。少し食べて出発。

§馬場島から剱山頂まで

 松尾平あたりまでは快調だったし、仮に作成していた行動予定も50%*CTだったのでかなり余裕があった。が、しかし高度が上がるにつれてどんどん眠くなる。脚が重いわけでもなくひたすら眠い。早月小屋手前で、飴本選手、阪田選手、石田選手、小野選手に追いつかれた。(先に宮下選手にパスされたんだっけ?記憶あいまいです)早月小屋では皆、飲み物だけ補給して速攻スタートしたが、私は眠さが限界で牛丼を頼んで、出てくるまで寝た。出てきた牛丼はレトルトかと思ってたのに、自家製で肉がたんまり。非常においしかった。その後も眠さは一向に解消されず、北野選手にもパスされた。頂上手前の岩場でヨウコさんとおっしゃるきれいな女性に応援されたけど、彼女の目当ては飴本選手。私が「飴本さんは、もう先に行ってますよ」と、告げるとショックを受けておられた。彼女から「ヨウコが残念がってた」と伝えてくれと言われたが、レース終了まで飴本さんに会う事はなかった。って、そりゃ力違うもの会えるわけないよと思いつつ承った。今伝えましたよ>ヨウコさん、飴本さん。

 そんな事で、なんか早くもレースはファンランになりつつ剱山頂着。7時35分。7着。ほどなく到着した木村さんに写真を撮ってもらった。

TJAR完走記その1

§スタート前
 金曜日は朝1から表参道に行き、勝負ヘア作り。6時か7時に終わる予定だったのだけれど、結局21時を過ぎてしまった。これが大誤算で、サロンを出た後、買い物、食事、装備の残った改造とパッキングを余裕をもってするつもりだったのが、全然余裕がなくなり、準備に汲々とし、あまり寝れないまま朝になってしまった。

 なにはともあれ移動日(土)の朝。土曜日はバスで行くか、電車で行くか迷っていたのだけど、今年はお盆と被るので、バスで行って帰省ラッシュにはまり、集合時刻に間に合わないなんて事になると困るので電車で行く事に。けれど、電車だと移動時間が短く、越後湯沢で乗り換えもあるので、車中で眠るのは難しい。なので、朝1に出て、早めに魚津入り、駅近くのインターネットカフェ(http://www.freaks.ne.jp/uozu/page1.html)で仮眠とすることにしていた。東京を8時24分発のMaxときで魚津に向けて出発。予定通り13時前にインターネットカフェに到着。客も少なく静かな店内で仮眠した。あまり寝れなかったけど、予定通り18時半頃店を出て、ミラージュランドへ歩いて向かった。途中すきやで牛丼。ミラージュランド手前のローソンに寄って水1L購入。ここでは宮崎選手が立ち読みしながら涼んでた。軽く挨拶して自分はミラージュランドに向かう。ミラージュランド到着は20時半くらいだったと思うけど、指定場所に人影なく、うろうろ。すると飴本選手が居て、ほどなく雨除けのためトンネルで準備していた実行委員の方々を見つけた。さらにレース中ずっと前後することになる松浦選手とも会い、少し話した後、早めの受付。憧れのTJARビブをもらう。その後装備チェック

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★装備

ツェルト     232  232 ヘリテイジソロシェルター改(シームシーリング)張り綱込、ペグなし
ストック     140  372 自作70g/本
ビビィ      108  480 SOLエマージェンシービビィ改(入口を絞れるように)
防寒具      378  858 ダウン上下(マーモット、WM)
EVAマット   104  962 キャプテンスタッグ改1400*350
雨具       300  1262 上:トレントフライヤー 下:バーサライト
電池単三*4,短4*4 100  1362 エナジャイザー
テーピングテープ 60  1422 アンダーラップ含む踵1回分
iphone   165 1587 防水ケース込 
ザック    135 1722 テラノバULTRA20改補強およびストック収納用ループ追加
計画書、地図   50 1772 地図は日本アルプス総図と大浜海岸周辺のコピー
保険、山岳、免許 10 1782 -
非常食      120 1902 塩黒糖(1.3日分の糖質)
防水袋      13  1915 キューベン地図やテーピング、非常食、電池などの防水用
水       1000 2915 いろはす(ボトルまで測ってません)
iP充電器     32 2947 ※これは3本用なのでほんとはもう少し軽い
お金       10  2957 4万円
ハサミ      15  2972 小さい奴
日焼け止め    33 3005 アクアリッチ顔用
薬セット     30 3035 ロキソニン、ワセリン、その他
脱脂綿       3 3038 テーピング用
ペーパー     10 3048 O.D.ポケットティッシュ(重さいい加減)
枕        35  3083 プラティバス2.5L
傘        93  3176 -
ヘッドライト控  -   - 持ってくの忘れた
ヘッドランプ   110  3286 BDストーム
防寒具用防水袋  30  3316 名前忘れ
食糧       630  3826 塩黒糖480g+FD納豆150g
コンパス     12  3838  マイクロレーサー
ボールペン    10  3848 ハンズで最軽量だった安物 
ウエストバック  100  3948 モンベルポケッタブル ライトポーチ

-2016.9.14記入漏れ追記-

ハンドライト 68 ジェントスSG309

熊鈴 10くらい 3連の軽い奴から2個外してさらに軽く

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水、食糧込でなんとか3k台。多分最軽量だったんじゃないかと思う。後で書くかもしれないけれど、過不足はなかったと感じてる。失敗は唯一ツエルトで、縦走で使うなら少し重くてもファイントラックにしとくべきだった。その他はほぼ完ぺきだったんじゃないかと思う。もし、今装備を組み直して再スタートするとしても、ツエルトの変更とポールの材料変更、ポケットティッシュを非モンベルにする位。

※ここに書いている取り組みは、いつでも、誰にでも、有効、適切とは限りません。当時の予想気象状況、当事者の体力、行動計画、他の取り組みとの相関によって初めて成り立つものです。例えば、夜間行動なしで上高地の関門に間に合う計画が組める、いつでもエスケープする覚悟がある、ダウンを濡らさない工夫と頼り切らないでもいけるなどなど。また、書いてあることの何か一つだけ実行するというのも危険な場合があります。念のため。

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 ゆるゆるとした空気の中、今回残念な事になってしまった森本さんと話したりしつつ、ブリーフィングを経てスタート地点の海岸に移動。さらにゆるゆると記念撮影なんかして、時計合わせをした。そしてスタート。

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